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ローチェアでお食事! [obstetrics]

まだ自分一人で座ると、ゆらぁ〜っとなって前なり後なり左右なりに倒れてごんっ、と凄い音がして、火が点いたように泣き出します。そりゃ痛いもんねぇ。
そういうわけでこんな椅子を買ってきました。
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年末から椅子の購入は計画していたのですが、バンボみたいなプラにするか、木製の椅子にするかで迷っていました。が、木製にした決め手はこれ。
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畳める!
そして木製の椅子の中でもこの曲げ木のデザインが可愛いのと、畳んでで尚自立するのです、この椅子。
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アカチャンホンポで決められず年を越して、まだ正月気分のベビザラスに行って来ました。値段は一緒。7,000円近くします。ところがお会計を終えたAがほくほく顔で戻って来ました。
『15%引だって[ハート]どこにも書いてなかったよねぇ?』
確かにどこにもそんなこと書いていなかったけれど、店が引いてくれるというのですから引いてもらって帰りましょう。

●対象年齢:腰がすわって6ヵ月頃〜3歳半頃まで
●商品サイズ:(約)W400×D510×H470mm
●座面高:(約)H215mm
●耐荷重:(約)30kg
●重量 :(約)5kg
●素材 :ラバーウッド材
●原産国:インドネシア

あ、歯ブラシ見てくるの忘れた。
タグ:育児
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ハイハインを食べました! [obstetrics]

母が小さいいきものZ(水木一郎風に発音してください)がもりもりお粥を食べるのを見て、『そういえばアナタ小さい時にハイハイン食べてたのよね、憶えてる?』…憶えてる訳ありません。幼稚園の記憶すら定かでない私に家族というのは『3歳の時に伯父が神代植物公園へ連れて行ってくれて』とか、『毎日児童館に通って』とか言いますが、それはそう言い続けたオトナ達によって作られた記憶です。因みに、私の古い記憶のうちで笑えるのは、幼稚園までの道で茶の木の低い垣根と教習所の間の道が思いの外直線で長く、歩くのに飽きて疲れたような気になり、自転車に乗せてくれとしゃがみ込んだことくらいでしょうか。当時の母の自転車が黒に黄緑色のデザインが入っていたのは後から見た記憶の一部かしら。
ハイハインとは何じゃらホイ、と訝っていたら早速母はその日のうちに買ってきました。
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あぁっ、これっ…!って食べた記憶が呼び覚まされたんじゃないですよ。雪の宿だっけ、そんな名前のお煎餅に砂糖かけてないやつじゃん…と思ってしげしげ見ると、右肩に見慣れたロゴが。
亀田製菓。
あぁー、東京にきて何ゆえ他人が態々運んだ地元のお菓子を買っているのかしら。
そうかー、この赤ちゃん用お煎餅、出自は亀田製菓で、そんなに歴史があるんだ。

早速食べてもらいます。勿論私共も食べてみます。

とりわけ旨いものじゃないけれど、小さいいきものZ(水木一郎風に発音してください)が思いの外うまうま食べるので、取り敢えず定番化。
お犬様のときもそうだったけど、きっと新潟に帰ったら、Aが面白がってハイハイン以上の赤ちゃんおやつを次から次と買ってくることだろうなぁ。
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花を活ける時間 [obstetrics]

280円で.jpg

写真に撮ると粗が目立つなぁ。
そろそろ友人Yに花を贈る季節が近づいて来ました。
出産で入院していた時、Aの義理の叔母様がお花をくれたのですが、六日では枯れなかった花を持ち帰り、枯れたら枯れたでオアシスだけ残しておいたので、そいつにいつか花を活けたろうと目論んでいたのです。が、軟禁が続いて花?なにそれ?状態だったので、丸坊主の可哀想な穴ポコだらけのオアシスは乾燥して野晒し。しかしとうとうAの方が痺れを切らし、毎週末直売所だのスーパーだの、行かないではいられなくて、そこで280円で本当はお仏壇用じゃね?みたいな花束を買ってきました。竜胆が一本。黄色い一重の菊が一本。白い一重の菊が一本。ユーフォルビア・パルストリスが一本。貧相な吾亦紅が一本。これだけ。竜胆がきっと開くに違いないと期待を寄せて中央にセットしたのだけど、残念ながら咲きそうにない。まぁ仏壇で竜胆が咲き誇っているなんていう図、見たことないから当然か。
でも、ちょっと大学時代に齧った程度の技術で、280円でこれだけできるんだから花って買うのはおそろしい。

とまぁできたできた♡とにやにやしてた訳ですが、ふと思い返してみると、友人Yに数年前花を贈ったとき、Yは五ヶ月の乳児を抱え軟禁生活を送っていた訳ですが、花を活けるのに時間を取れたのは深夜だと言っていたっけとぼんやぁ〜と思い返されました。五ヶ月乳児がそんなに手がかかるからなのか、それともYが几帳面で家事と乳児の世話にそんなにきめ細かく手をかけていたからなのか、三ヶ月乳児と軟禁生活を送りながら晩ご飯の用意の合間にちょんぶすちょんぶすぐらいで活けられたので私には何かが足りていない(つか手を抜いてる?)のだなぁと実感。

掃除か?


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マスターヨーダ [obstetrics]

最近涎が多くなってきました。
娘が、です。三ヶ月過ぎて、気付くとたーーーっと透明なヨダが。やっとヨダ掛けの出番です。
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タグ:育児
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今年も金木犀は朔日に気付く [obstetrics]

昨日まで東京にいました。
実家に一週間程滞在していたのです。先週友人Kが遊びにきて、東京へ戻るのに便乗して色々手伝ってもらい、新幹線に乗りました。ここで初めて気が付いたのですが、ベビーカーと二階建てMAXは相性がとても悪いです。上下どちらの席に行くにしても、数段階段を利用せねばならず、大変乗り難い。MAXにのるのは一人だと眺めがよくてよいねぇ♡と思っていたけれど、案外アンチバリアフリーなんだなぁ。

ところで、余り賛成されず結婚した私ですが、父の許に孫を連れて行ったところ、まぁなんつーか、御多分に漏れずでれでれでした。裏返して考えてみると、従姉のSが盛大な結婚式を挙げたにもかかわらず、伯父は婿の何かがどうにも気に入らず、とうとう離婚してしまったというから、世の中何がどう転ぶか分からないものです。

実家で何をしていたかというと、前もって送っておいたノートのりんごちゃんをずっと繋ぎっぱにして遊んでいただけで、一切合切何もしていません。娘の面倒を見ていたくらい。只飯喰らいに行っただけ。しかし父の反応以上に面白かったのは弟。人はこうやって叔父になるのだなぁ。

そんでもって流石に一週間、二日後には娘の三ヶ月検診があるので帰ると相成りまして。名残惜しそうなのは父。何だか笑える。荷物を送って(来るとき一箱だったのに、戻りは何故二箱?)出発。新幹線は都区内料金があるので、西荻窪より前から全額買う必要はありません。つきあって新潟まで来てくれる母と共に、御用もあるので吉祥寺(西荻窪の1つ手前)まで行って、北口へ。ジークレフで紅茶を買って、東急でベビーものを見て(ここでお襁褓替えしたとき、となりのブースの人が使っていたレッグウォーマーに母娘で人目惚れ、直ぐ買い!)、娘にオモチャを買ってもらい、ロンロン改めアトレにて新潟へのお土産を買って、一駅料金だけ切符を買って中央線へ。吉祥寺駅改装中のため大変でしたよモウ。
それ以上に大変だったのが、東京駅。スロープだのエレベータだのしっかり設置されている首都のど真ん中駅なんだけど、ここでマンパワーって大事って思い知らされた。新幹線の改札で吉祥寺から一駅しか買っていない切符と都区内の新幹線の切符を見せて、これでどうやって通るべかと改札の真正面に立ってるおねえちゃんに訊く。するとそれを纏めて改札に入れれば良いという。これはいい。通れた。しかし、通ったその改札、中にエレベータがない。私、ベビーカーを押しながらおねえちゃんに訊ねたのだから、おねえちゃんはそれを察して『切符は纏めていれれば良いが、ここの改札からではホームに上がれない』と言うべきだったのだ。仕方ないので一度改札を出て、ぶりぶりしながらスロープを回り、もう一度スロープを上がって別の改札から入り直しました。しかし乗ろうと思った新幹線はなんと半分が新潟市の高校の修学旅行帰りの指定席!それも沖縄帰り!エレベータから降りたそこは車両の先頭、しかし高崎で連結する為にそこはいきなり8号車で、5号車まで指定席。取り敢えず車両に乗る。ドア閉まる。普段なら走行中に通路を通って自由席に移動するけれど、何せベビーカーはMAXに弱い。上野まで待つ。一度降りて後ろの車両へ。一人なら少し駆け足で2〜3車両は軽い。しかしベビーカーは1車両が限界。とまぁそんなこんなで高校生のいないデッキのジャンプシートに落ち着いたのは大宮過ぎてからでした。ここまでベビーカーを爆走させようが持ち上げようがぐーすか起きなかった娘が『乳〜』と目を醒ましてしまいました。仕方ないのでドアが開くとき以外(そのドアがよりによって全部ジャンプシート側って)ずーっと授乳。そうしていれば取り敢えず泣かないので二時間それで我慢です。お互いに。
新潟駅に着き、迎えにきたAの車にベビーカーを積み込んで家に着いたとき、ドアを開けたら金木犀の香り。あぁもうあと数時間で10月なんだ。そんなこんなな新幹線の旅でした。
タグ:新幹線
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家に軟禁 [obstetrics]

首の据わらない乳児を連れ回すことがいいとは思わないですけどね。

流石に7月いっぱい母もいたので週に一回スーパーに買い出しにいく以外、ほぼ家に引き蘢っておりました。暑くもなって来たし、正直それでいいやと。
8月、母が東京に帰ったので、銀行や郵便局へ用事を片付けるため、仕方なくスリングにママバッグの重装備でバスへ。でも二回しか出なかった。
9月、おっかいものっ、と火曜に照準を合わせると、Aが日曜にイオンへ連れてってくれる。有り難い反面、自由に見て歩きが出来ないので不自由だなぁと。
流石に昨日振込やらこのちっちゃいいきものの三ヶ月検診の診察券作成とかの為に出ざるを得ず、またしてもスリング&ママバッグの重装備で出掛けました。
まずは振込。
この振込の出来るコンビニがバス停2つ分先にしかない。歩いてすぐの二軒のコンビニはどちらもサークルKで、ATMを設置していない。170円のバス代を払う。戻るのにバスを使おうかと思ったら、30分待たないと来ない。この炎天下母子ともに干物になってしまう。日陰を探しながら歩く。病院へ到着。結構歩いたなぁ。5kgの乳児の重さは半端無い。
病院の正面にスーパーがあるので少し買い物。更に重くなるが、身を引き摺るように歩くこと10分、お家に帰り着いた。最初のバスから数えて二時間。もう出掛けたくない、と思う程の疲労は無いけど、何かとっても疲れました。20110913.jpgでも、ちっちゃいいきものの方が泣きたいのとか暑いのとかスリングが不安定で苦しいとかずっと我慢していて、本当にお疲れさまでした。
また明日も一緒に軟禁生活しよう。
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そんな悩み [obstetrics]

悩み、というのは悩む当人にとってはそれは深淵を覗き込むかの如く暗く辛いものかもしれないのですが、そこに躓かない者にしてみれば疑問符が飛び交う面白事項にしか過ぎません。
いえ、悩めるお向かいさんを嗤おうというわけではないのです。
ただ、『産まれちゃったよオイどーするよ』的なお向かいさんは気になる存在です。私のところには毎日AやAの家族達がなんやかや大なり小なりのお土産を提げてやって来ます。彼らは何だかとても楽しそうでうきうき。舅はカメラのシャッターを切りまくり、姑は節電対策で冷房がかなり弱められているのに寒くないかしらと心配し、義叔母達は果物やお花やお菓子やと差し入れをくださり、遂には着物のお教室で同期のおねいさんまで来てくれて、皆一様にこのパーツはどこの誰に似ていると弾んだ調子で話し合ってゆきます。対してお向かいさんにもお見舞いのお客様は結構来ていて、お客様がいる時は彼女も楽しそうです。(寧ろ私の方が来客時ウンザリ顔かも。)最初に来たのはどうやら彼女自身の母親と兄弟。淡々と話しているのが、内容はわからないボリュームながら本音で話していそうだなって。何かに対する不安要素がこの難事業完了祝賀[ぴかぴか(新しい)]に暗雲を垂れ込めさせている様子。それは夜、これが原因なのかな?と思うに至りました。新生児は当然ながら短時間毎に目を醒まし、おむつだミルクだと要求をします。それが有り得ない程辛そうなのです。自分が辛くないという訳ではないけれど、鳴き声に妙な義務感が差し迫って来て抜き差しならない事態にやらねば!と気持ちにも体にも拍車がかかる感じがあると私は思うのだけれど、彼女はそれがおそろしく辛いみたい。二時間で叩き起こされるのは辛いの解るけれど…相当イヤイヤミルクやおむつをやっているのがカーテンを二枚隔ててもなんだか、わかる。というかこの部屋の産婦さん達ってお世話するの、楽しそうじゃ無いんだよね。赤ちゃんに何か話しかけながら接するものじゃないの?でも、聞こえてくるのは、火の点いたような泣き声→何かがさごそ、これだけ。『よしよし、よちよち』とか、無いの。何故?赤ちゃんって逐一反応して面白いのに。
Aに『アナタ独り言多過ぎ』と余計な心配されながら入院生活を過ごしていると、深夜いつまでも煌々とお向かいさんのベッドランプが点いていることに気付きました。そして、ぼしょぼしょ、と看護師さんの声。えぇーっ、何かカウンセリングしてるよ!その為のスキルを身に付けているのはわかるけど、本当に真夜中のカウンセリング突入する人いるんだなぁ。そのカウンセリングで出た解決法が、どうやら『ご主人に泊まり込んでもらう』というものであることに気付いたのは翌日21時のことでした。お見舞いは20時で終了で皆帰るのに、彼女のご主人は帰らず、看護師さんが何かをごろごろと運んできた音がしたからです。結果、夜中のお世話は彼女は目を醒ますものの実質ご主人が実行という風になったみたいでした。母乳だけは渋々起きて(というかご主人に起こされて)与えていたようでしたが。暑くて寝付けず気付いたら次の授乳時刻になっていた、そんな間にあった出来事でした。

そのお見舞いは和まないよ


タグ:出産 入院
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4人部屋あれこれ [obstetrics]

新生児カートにはメモがついていて、このちっこい生き物がやれうんちした、泣いて乳を飲んだということを委細記録出来るようになっています。基本世話をするのは私なので、書き込むのは私ですが、検査や何やらでナースステーションで預かってもらっている時には看護師さん達が記録してくれます。これを辿ってゆくと生まれたて生物が割と規則的に生活していることが伺えます。例えば深夜一時、三時、朝五時と二時間ごとに飲んで出してを繰り返している、とか。え、そんなの元からわかり切ったことだろうって?零時、二時、四時、六時かもしれないじゃーん。…とすることも無いのでこの記録表を眺めながらこんな自己突っ込みを心の中で繰り広げておりますと、昨日一旦東京に帰った母からメールがきたりして、案外暇を持て余しているようで暇などないものです。
ところで、産婦はなんと出産直後からシャワーを浴びることが出来るって私、初めて知りました。というか入院中お風呂を完全に諦めていたのでアラ吃驚。有り難いことです。だけど1つだけ難を挙げるとしたら、シャワー室は個室のある南側にあって、シャワーを利用する為に手順として、ちっこいのが寝る→ナースステーションに預ける→支度をしてのそのそナースステーションを迂回して歩いてゆく→使用状況によって開けてもらうorスゴスゴ引き返す(一遍に2人しか利用出来ないので、誰も利用していなければするっと入れて、1人利用していたら鍵を開けてもらい、2人利用していたら空くのを待つため出直す)という面倒があること。このナースステーションを回っていくとき、看護師さんが『あら入院患者がふらふらしているわ?』と絶え間なく気を配っているのがひしひしと伝わって来ます。『あっ、でもふらふらしててよい人ね』と注意はすぐ逸れるのですが、あぁ、これを軟禁状態というのだなぁと、気分はすっかりアウン・サン・スー・チー女史

ところで4人部屋なのですが、ここの病院が、なのか、最近の病院が、なのかは私の知るところではないのですが、取り敢えずここでは隣のベッド向かいのベッドがどこの誰でどのステージで産んだのが男女どちらなんて知る由もありません。ベッドをすっかり一枚のカーテンで囲い、殆ど壁で区切られたようになっているからです。昨日述べたように私のベッドは入り口の際ですから、不特定多数の人間が出入りする4人部屋においては常に〆切です。…これが翌日の悲劇を生むのですが…。羨ましいのは窓際のベッドでぐるっと閉め切っておかなくても、昼間は北側とはいえカーテンを開けておけば自然光が入るので清々しく過ごせるのですが、入り口際ではそうもいきません。常に蛍光灯とお友達です。
そんな羨ましい隣のベッドですが、カーテンの間仕切りというのは音が駄々漏れで、どうやら彼女のベビーはNICUにいて、不在のようです。母乳が基本のこの病院では採乳してNICUに持って行かねばならないようです。たーいへんだぁ。そもそも大学病院の産科なので、母体、或いは胎児〜新生児に何らかのハンデがある場合を受け入れているので、周囲ぐるりと幸せでほこほこしているようすというのは余り感じられません。皆どこか不安げで、切迫した感じ。私?私はバセドゥ病持ちなので、内科の観察が必要な緩やか〜な状況です。それを検査して、先天性内分泌異常や一時的に起っていたかもしれない甲状腺ホルモン量の異常で何か影響を受けていないようなので、かなり気楽に過ごせておりました。私自身もバセドゥ病は安定していましたし。Aも責任感なのか嬉しいのか、なんとか頑張って必ず面会時間のぎりぎりまでには一度来て、なんやかやと話し相手になってくれたりものを持ってきてくれたりしてくれましたし。お隣はご主人の都合がつかないのか、6日目の退院日を一日延ばしては貰えないだろうかと看護師さんに相談していました。それでなくても予定ギチギチの産科にそんな余裕も無く、また今の保険制度では意味も無く入院させておく、ということを許していないのでにべもなく却下されて、どうやらメールでご主人と相談してどうにか6日目昼食の後退院支度をしてとにかくベッドを空け、ラウンジで待つ、という方向性で固まったようです。そんなお隣、夜になるととある問題が。
ぐぅぅぅぅぅぅぅ…ぶぐぅぅぅぅぅぅっ…
鼾!
枕が変わって寝姿勢が変わるので、鼾になるのは仕方ありません。しかしこちとら早朝出産の夜型人間でぃ。なかなか寝付けないところに深く寝入っているらしき音を出されると…イラっときますよね?
この寝付けない感じに仕方なく、買い置きの烏龍茶(冷蔵庫のお陰でキンキンに冷えてます!)をじぅぅーっと飲んで、お茶効果で速攻トイレへ。入り口際の良さはトイレまで5歩ということです。そこから戻ろうとしたら、お向かいが何だかばたついています。おぉ!また一人分娩終了ですな!と付き添いの旦那さんらしき人がまだ湯気の立っていそうな新生児カートに続いて入ってくるところに遭遇しました。何だろう…なんか幸福感っていうか安堵感が何か足りないなぁ…?私の時もこんなだったかなぁ?幸福感は特に強くはなかったのは自覚があるのだけれど、無事に終わったAの仕事の時刻までに終わらせて心置きなく仕事に出てもらえるようできた、とほっとした記憶はあって、夫婦2人して脱力と同時に達成感?というかゴールに辿り着いた到着したどー!という感じだったと思うの。こんなお向かいさんのような『産まれちゃったよオイどーするよ』みたいな不安定な感じって、何なのかなぁ?

お向かいさんについてはまだまだ続きます。
タグ:出産 入院 分娩
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個室っていい♡ [obstetrics]

Aが仕事へ出る為帰ったあと、陣痛室で朝食を頂き、てっきり新生児室があるものだと思い込んでいたのでカートに乗せられた娘を見て一体何事?と思いつつ、この陣痛室なるお部屋は何の用途で使うのだろうと考えながらうつらうつらしていおりました。(なにせ監視されるべき陣痛期間を家で耐えちゃって、手順をすっ飛ばしちゃったもんで。)そしていち早く東京から母がすっ飛んで参りました。凄ぇ、ハハちゃん、面会時刻のいの一番にやって来ましたよ。といっても本日は金曜なので、面会時刻は14時からなのですが。その母に出産の経緯を話していると、看護師さんがやってきて『移動します』と言われました。あれよあれよという間に新生児カートが運ばれ、TV台が運ばれ、脇のテーブル、ゴミ箱、椅子に至るまで何もかも持って行かれ、とうとうベッドを移動する段になって、乗ったままでいいですよと言われて寧ろ恐縮する羽目に。てっきり自分の持ち物と我が身と新生児カートだけ移動すると思い込んでいたので、ことが大掛かりになって当惑しているところへ、通されたのは個室。ここの産科病棟には個室が5つあるうち、2つが特別室、2つが単なる個室、もう1つが重症者用個室で、私が通されたのは2つある単なる個室の一部屋でした。あれ?私大部屋希望だよ?と首を捻っていたら、大部屋に空きがないので当座ここを使ってくださいとのこと。個室料金は発生しませんからって。
個室は全室南向きで燦々と明るく、否暦の上でも夏になった7月では寧ろ暑いくらい。夕方になってやって来たAの父母、つまり舅と姑が母と嬉しさのあまりだんだん興奮して声高になっていくのを敢えて制止せずとも声が漏れないというのも利点と言えば利点です。ただ、そうやって隣と完全に遮断されるため、自分がどんなステージにいて、次にどんなことをしたりされたりするのか予測が立たず、またどのように過ごしたりどのような態度が最適な産婦なのか全くわからないのが難。ただ広い個室にいると心持ちも余裕ができるようで、看護師さんに何をされてもしてもらっても『ほほほありがと♡』みたいな広い心持ちでいられるのは確かです。20110702.jpg

案外大学病院の病院食は美味しくて、やや量が控えめ?な感じを除けば満足感があります。けれどもまだ検査の時間の長い新生児をナースステーションに預けてしまうと麻酔が切れてまだ股の痛いほやほや産婦はすることがありません。母が退屈を凌ぐため話し相手にいてくれるのはとっても有り難かったのですが、逆にそれも監視みたいなもんで、そういえば持ってきていたレース編みの道具を取り出すことも出来ません。消灯の時刻があって、個室なので特に強要はされないもののなんとなく22時くらいには暗くしておかないとちやほやと看護師さん達が心配するかなと、結局プリンセストヨトミを二日目には読み終えてしまうというくらいしか出来ることはありませんでした。

ところでここの入院について、日数のカウントは担ぎ込まれて産まれた日が0日目とし、5日目まで、つまり6日間入院しなくてはなりません。
普通は日中に運び込まれて数時間頑張るので0日目は殆どが分娩室や陣痛室で過ごし、病室のベッドで過ごすのは僅か数時間の筈なのですが、私は午前様で始めちゃったので朝食から夕飯までしっかりほぼ24時間フルに0日目を過ごしてしまいました。明けて翌日、ここで言うところの1日目ももう病院生活のあれこれを汲取り、病院傍のホテルに一泊した母がおやつにフルーツパーラーのデザートを買って来てくれたのを皮切りに冷蔵庫やテレビ(なんとBSも映ります!)を使い始めました。心残りは酷く喉が渇くので飲み物が欲しいのですが、小銭は限りがあるのと、マグカップを忘れて来てしまったのでラウンジのお茶を汲んで来れない…食事のお茶のカップを返却しないでガメといていっぱいまで汲んでおき、ブリックパックの烏龍茶とグレーフルーツジュースを買ってくるのが日課になりました。それでも監視付き個室生活は退屈で退屈で、一体どうしたものだろうと思って2日目に突入。朝食を終えてぼーっとしていると再移動の要請が。4人部屋ってどんなだろう?と、ありがたーい個室にちょっと未練を残しつつとことこ移動。(また何もかもぞろぞろと。)
4人部屋は北向き、私に割り当てられた区画は最も入り口寄り、つまりカーテンでブースを区切ると最も暗い場所に!携帯の充電を太陽光に頼ろうとしてた計画はおじゃん!深夜ミルクを飲み終え寝付いた娘を傍らに、規則通りイヤホンをつけてBS見ましたよ、ええ。

BSウハウハ


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えっ、ちょっと待って [obstetrics]

出産予定日は7月9日です。
まだまだ日にちがあるなぁ、出来たら7日にならないかなぁ、と都合のいいことを考えていました。
29日の午前中になんか頻尿と腰痛が酷くて不承不承病院へ行ったものの、5,000円近く費用はかかったわ、交通費もかかったわ、出歩くのは暑かったわ、検査は痛かったわで散々な目に遭って躊躇していたのも事実です。っていうかまだ一週間以上先じゃん。しかしその翌日30日、断続的に続くこの『変な症状』も日中は少し和らぎ(というより家事で気が紛れただけ?)、夕食も自力でルンルン作ってがっちり食べ、明日は金曜日週の最後の燃やすゴミの日〜♪などという予定を立てながら夜が更けつつあったのです。この間ずっと頻尿と腰痛と闘ってはおりましたが、何せ予定日はまだ一週間以上先、これをアレだとは一切考えていなかったのです。
アレ。
陣痛。
陣痛なんて経験ないし、病院での医師や看護士の語り口調はもやっとしていてどんな痛みか理解出来ていなかったのが最大の要因。それでも『もしかしたらね?』と回数や時間を計ってみましたが、一時間に6回即ち10分置き、にはならずまた間隔もばらつきがあって、やっぱり陣痛なんかじゃないのかなぁと言っているうちに7月になりました。
Aは夕飯時にビールやフルボディの赤ワインを飲むのを一日の楽しみにしているのですが、予定日が9日なので7月に入ったらノンアルにするか飲まないかにしよう、と決めていたそうなのですが、30日はトイレに行ったり来たりしている私を見て酒は止めといた方がいい?と頻りに迷っていました。取り敢えず痛みが一時間に4回程あるかないかだったので、夕食時は飲んでまえ、と私が勧めました。しかし流石に不安だったのか缶が進まず、二本空けたところで『なんか、やめとく。』と早々に寝るモードに入ってしまいました。その間も私はトイレの便座が一番のお友達で、何を隠そう29日の夜は殆どトイレに籠って夜明かし…だって横になると腰が痛いのですもの[たらーっ(汗)][もうやだ~(悲しい顔)]
30日夜も、今夜は座って眠るようかしらん、と半分腹を括ったところで月が変わり。
なんか、私水もお茶も大して飲んでないよね?なのにこんなにトイレでじゃんじゃん出る訳ないよね?そういえば頻度高くなってない?あれ、10分くらいしか経ってない気がする…と慌ててカウントしてみると、規則正しくなってきていて、10分くらいのようですよ?この腰痛が陣痛なのか?とトイレと携帯を代わる代わる使う様にAがもそもそ起きて来て、『電話する?』とすっかりアルコールを代謝し終わった顔で聞きます。
うむ、これなら運転できそうだ。
一週間早いけど、今週火曜日に検診でもういつ産まれてもおかしくない週数ですよと言っていた。何も予定日ばかりが出産日じゃない。予定日信じてたら日曜出産になって28万請求されちゃうわ。平日昼間なら21万よ。なんて冗談を言いながら病院に連絡しました。もう着替えるのも億劫なので寝間着に格下げになった服のまま出産用に詰め込んだ荷物一式を担いで車に乗り込み、夜の信濃川を渡りました。
この移動、何が辛いって、路面の悪いところや道路の継ぎ目の段差がモロに響くのですよ。しんどい。それと停車発車にかかるG。昨日もろくに寝てないので眠いような、痛い?のか?とか、これから一大イベントがある不安とかを馬鹿話で紛らわしながら、それでも実家の母に『陣痛きたみたいなんで病院行きマース』みたいなメールをこの真夜中に送りつけ、病院到着は電話してから一時間後の2時半。
病棟の入り口で様子を察して咎めない守衛さんが寧ろ車椅子を勧めてくれたもの、骨盤の位置がゴロゴロしている状態なので座面に体重をかけることが出来ず、その好意を断ってえっちらおっちら5階まで上がりました。待ち受けていた夜勤の看護師さんがてきぱきと検査台を用意してくれて、胎児の心音を測り取ります。なんだろう?いやに慌ただしいな?と思いつつも、それを計測すること約3〜40分。時々痛いんですけど?というか横になってるの辛いのですが?という頃になって緊迫した状態の看護師さんが椅子型の検査台へ移動するように言ってくれました。ううーん、あの椅子かぁ。実はあの検査台がどうにも好きになれなくて(というか好きな人はおるまい)嫌だなぁ、29日にこの台に乗った時、触診されて物凄く痛かったんだよね〜とモヤモヤしながら検査を受けていると、不織布のカーテンのむこうで切迫した空気が流れて来ました。
それでもこのとき私が考えていたのは、この検査室は廊下を挟んで4人部屋が二つ並んでいるのですが、最大8人いる筈の入院している人の気配が全くないなぁということでした。後からわかることなのですが、ここの病院はガラス張りの所謂『The新生児室』というものは無く、病室のベッドの脇に新生児が母親と過ごしているのですが、その時は全く赤ちゃんの声もせず、もしかして誰もいないの?というくらい気配がなかったのです。
そんな中担ぎ込まれてきて、なんと次の行き先は『分娩室です』と言われ、移動。というかもうベッドに寝かされて移動。もう出かかっていますから、なんて怖いことを言われて。血の気の引くAと私。もう痛みの脂汗なのか、恐怖の冷や汗なのかわからなくなってきたところで分娩室に入ると、そこの時計を見て変に冷静になりました。あぁ、3時半なんだ、とね。
看護師兼助産師が2名、後に1名追加されて3名、産科の医師が1名の体制が整うと、あとは私の陣痛の波任せ。あれー、とくになにもしないんだぁ、と変に拍子抜けしながら、時折水を貰ったりしながら…って、何だっけ、分娩台って、ほら、妊婦って手をどっかに掴まったりしなかったっけ?とそろそろ立ち会い講習を受けていないAが追い出されたころ、やっと掴まるところを指示されました。何と腿の付け根辺りにあるのを掴んで、それを脇の方へ引き揚げるような感覚で使ってくださいという。それは何ともイメージ湧かないなぁと思っていたけれど、医療機器というものはよく出来たもので、言われるままその通りにしたら数回出たり入ったりしていたようですが、それまで腕組みして微動だにしないで成行きを見守っていた医師が『切開しますよ』と言ったのに『えっ、嫌』と返事した時にはもう麻酔と切開されてわりとすぽん、という感じで産まれてしまいました。腰から下、多分脚の辺りが出る時には回転しながら出てくるよと言われていたものの、感覚は泳ぎながら出てきた、という感じでした。4時46分でした。なんかあっけない。
さて、臍帯も処理されて、後産にやや時間がかかったものの、更に麻酔を打たれて切開したところをちくちく縫われ終えて、次に待ち受けていたのはカンガルーケアです。産まれてまだ湯気の立っていそうな新生児を母親の胸に載せてあげるという半分儀式がかった作業なのですが、これまでに見せられたり目にしたりしたVTRなどでは真っ赤だったり真っ黒だったり、白いぶちぶちがついていたり、『新生児』というより『臓器』だったのでかなり腰が引けていたのですが、載せても平気かと問われながら見せられたその子は出てくる時の感覚通り髪が生えていて、計測台に運ばれていた時から普通に肌色で白いぶちぶちもついて無く、『赤ちゃん』というよりも『人間のミニチュア』だったのです。分娩室に呼び戻されたAとその子を微に入り細に入り眺めながら長いトンネルを一つ抜けたことを実感したのでした。20110701.jpg

人の気配はなかったのに


タグ:陣痛 分娩
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